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ワイルド・ソウル

第六回大薮春彦賞受賞
第二十五回吉川英治文学新人賞受賞
第五十七回日本推理作家協会賞受賞

これが、日本国政府への落としまえのつけ方だ!やることなすこと大間抜けな、ろくでなしの日系ブラジル男と、その相手の態度に怒り狂いながらも、つい庇ってしまうテレビ局の女。マジに。だが明るく、軽く、陽気に。ラテンのノリで爆走する、冒険犯罪小説。

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さて、この本は、わたしがその当時、持てる力のすべてを出し尽くした作品です。

今もはっきりと覚えているのですが、この千三百枚超の作品を脱稿したのは、三月の終わりのある夜明けでした。
この作品の後半執筆に入った二月の初旬ごろから、脳内でドーパミンがどっかんどっかんと爆発を繰り返し、布団に入っても二時間弱しか眠れない睡眠状態が続き(つまりは完全なる不眠症)、神経はささくれ立って時おり顔面神経痛が瞼に走り、サーカディアン・リズムはまったくもって無茶苦茶。
そんな状態が二ヵ月ほどつづいた三月の終わりに、ヘロヘロになりながらも脱稿しました。

その夜明けのことは、今でも昨日のことのように覚えています。
震える指先でパソコンの電源を落とすと、わたしの部屋から見える住宅街の空はわずかに明けかかっていました。遠くに見える公園の森から、小鳥のさえずりも聞こえてきていました。

部屋着の上にジャンパーを引っ掛け、マンションを出ました。クルマに乗り込み、最寄りのランプから首都高速に上がり、交通量のまだ少ない中央環状線をぶっ飛ばし始めました。東の空が次第に明け行く中、カーステレオからはアルシオーネとマリア・ベターニアの『シランダの輪』が、マックスに近いボリュームでがんがんと流れ出していました。狂気。狂気。馬鹿丸出し。その音楽の洪水の中で、「おれはやった。おれは、やった」と念仏のようにつぶやいていました。おれは、やったぞ、と。

数年前、初めて『ルースター』を書いたとき、きつかった。
金が欲しくて無我夢中だった。わけもわからず文字を書いていた。強引に作品を仕上げた。
第二作『ヒート』を書いていたとき、もっときつかった。
一作目。たしかに気に入った話ではあった。だが、世の中はこれからも「ルースター」のレベルで通るほど、甘いもんじゃねえぞ、と。

なによりも自分が本当に表したい世界、具現化したい感覚が、そこにはせいぜい二割ほどしか出ていなかった。くそ。
だから、それをモノにするために技量を上げ、かつ、それ以前のもっと重要な作業として、書き手のしての自分の意識レベルも上げる必要があった。

自分の日常の意識レベルから、事象を捉える感覚・体系を、磨いてゆく作業。コップを見る。ヒトを見る。町を感じる。そして、それらうごめく事象を支配している世界を考える。
つまりは、ステージを上げると言うことだ。
やっぱり、きつかった。
それでもひいひい言いながら、なんとか二作目を書き上げた。
その出来上がった結果には、ある程度満足を覚えた。『ヒート アイランド』。予想に反して、そんなに売れなかったけど。

そしてこの『ワイルド』に至るまえに、実はもう一作書いていた。
夜露と消えた三作目。六百枚ほどの作品。
題名は、『ニュートラル・ライフ』。
さんざん迷った挙句、世には出さなかった。
印税は欲しかった。読者を一年以上も待たせているという後ろめたさもあった。
だがやはり、これを世に出すわけにはいかないと思った。
『ヒート アイランド』からのステージの上がり方が、ほんのわずかでしかなかったからだ。

ここには、今おれが見ている世界の感覚の、ほんの数割程度しか出ていない。描きたい世界の、商品としての具現化がちゃんと出来てない。
だから、断念した。
それから、おれに足りないのは何かを、もう一度懸命に考えた。

この時期のおれは暗かった。日がな一日、何もせずに部屋の中でじっとしていた。
日課のスポーツクラブにも行かず、飲みにも出ず、ただひたすら考えていた。
そしてあるものがぼんやりと見えてきて、南米に行った。
2002年の四月から六月にかけて。
南米大陸の中を二十回以上飛行機の乗り降りを繰り返し、コロンビアとブラジルの各地を訪ね歩いた。

そして、結論を得た。
九ヵ月後、この作品を仕上げた。
書き上げたとき、確かな手ごたえがあった。
挙句、脱稿直後にクルマに乗り込んだ。
車内にガンガンと響き渡っているサンバ。中央環状線を南に下りてゆくと葛西ジャンクション。
その先に、ぺったりとした東京湾の朝焼けがあった。

熱帯の夜明けのフェスタで、朝まで踊り狂ったエルレイン、シモーネ。「あたしはこの世界を愛している」。二人とも言った。
金がないのに気づき、無銭飲食をおれにそそのかしてきたジーニョ。「まずはお前が先に逃げろ。おれはあとで追う」
ある話を披露したあと、「世界は、そうやって繋がってゆく」と言ったある日系人。

それらすべての経験がアタマのなかでぐるぐると回りつづけ、発酵していった。
おれは、やった。ふたたびそう思った。
まだ誰も知らない。でもまずは、このおれが知っていれば、それでいい。
そんな気分でした。

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